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街角の私。

テーマ:日々

私が住んでいるのは

こんな街の

こんな家なのかもしれない。


軒下でたくさんの夢を描いて

ひなたぼっこをしているのかもしれない。


またはあれこれ

明日を不安に思っているのかもしれない。







私が住んでいるのは

こんな街の

こんな家なのかもしれない。


人々がどういう毎日を送っているのか

想像してみる。


笑っている人が見えたら

それは何かいいことがあったからなのだろうと想像してみる。


浮かない顔をした人が見えたら

それは何か悪いことがあったからなのだろうと想像してみる。







私が住んでいるのは

こんな街の

こんな家なのかもしれない。



何か巨大怪獣映画のセットのようなものかもしれない。

その中に色々な人間模様があるかもしれないが

これだけ離れて見るからなのか

これはただの映画だと知っているからなのか

そのどれも差を感じることはできない。


健康そうな人。

病気の人。

貧乏な人。

お金持ちの人。


幸せか不幸かですら

重要なことではない。









その街角に自分を置いて

言い訳や保留にしたことばかり。

そうしないと

ここからふわっと風船みたいに飛んでいっちゃうみたいだったから。



夢を描いても

簡単にそうなっちゃうのはドラマティックじゃないって。

自分だけそうなっちゃいけないような。



不都合なことがあると

なんで自分だけこうしてなきゃいけないのって。

人がよく見えるか

自分はマシだと思ったりする。


そしてまた保留という名の言い訳を満喫して

息苦しくなったら自分を解放してあげる。

それの繰り返し。



でももう、それはいいや。

すると、顔の周りが少しくすぐったい。

ふわっと春風が頬をかすめて風船みたいに飛んでっちゃいそう。

または高速エレベーターに乗ったみたいに。


私にとってそれはいつもくすぐったい。

でもそれは心地よく広がる響き。


そしてまたそこに慣れては

また次のそれがくる。






私が住んでいるのは

こんな街なのかもしれないし

そうでないかもしれない。



でもね、やっぱりここが大好き☆

米子ステキな街☆




※陶器はこうや電気窯さんの香炉です。
あをんさん前のイベントにて☆

春を教えてくれるもの。

テーマ:日々

梅の花。


おおいぬのふぐり。

子供のころは背が低いからか

この小さくて青い花が

もっと近くに見えて

この青い花をずっとみてました。

この花が咲くと

春なんだなぁ~って。

2月の日々の中。

テーマ:日々


木の枝が幾重にも分かれて広がっていくように

あれもしなきゃ

これもしなきゃ



鞄なんて最初から持っていないのに

あれも用意しなきゃ

これも用意しなきゃ

なんて重いのかしらこの鞄。



カレンダーですごろくをしているみたいに

春を待って待ちくたびれたり

毎回6が出ればいいのにって思ったり。


サイコロは1~6しかないわけじゃないのに。


私たちはどこへでも行けるのに

春が来るのをただ待っていた。




どこかで気がついていても

複雑さ

重さ

をいっぱい感じて

大変になる。




大変~。

大変~。



そして大きく変わっていく。

いつもいつも

変わって行く。


次の自分へ。



大変さがもたらしてくれるもの。




あまりにもココロが行き止まりになることで

やっと自分の真実を選ぶ。

こんなに頑張ったんだからいいよね?

みたいに。

今までたいていそうして道を選んできた。





シンプルになりたい自分

シンプルにならなくてはという自分

シンプルでいいのかな?という自分


そしてシンプルで在る自分。



どれも自分。


そんな2月でした。




香取の雪で行き止まりの道。



中山の峠の牧場にスキーの跡。



赤崎辺りの牧場。



琴浦の風車。




普段走らない道を走ってみる☆

カメラ片手に♪

子供も片手に♪



そうだ

新しいカメラ買って

子供にもカメラを持たせよう~♪

公園で。

テーマ:日々


近所の公園に子供を連れて行って一緒に遊ぶと

懐かしい気持ちがこみ上げてくる。



将来、この時を懐かしむのかなって。



一年前の写真。



子育てって

「忍耐」

だって誰かが言っていた。



確かに

こんなにも理不尽なことをサラリと言う人見たことがなかった。

今これをしようと思ったことの99%は阻止されるし。

阻止してくる力を跳ね返すパワーがたくさん必要だったり。




そういう側面をよくよく味わえたこと

24時間×4年以上

ぴったりべったり過ごしてみて

ホントによかった。



それを感じれたことが

ホントによかった。



春までしばし重いけれど

その中に軽さを味わえる。



対極を味わうことで

そのどちらもが

どれ程自由で豊かなことだったのか

よくわかる。



そういう仕組みを

自分で選んで作っては

納得してみたり。



そうじゃなきゃ

得られない感覚だったり。






「寒いから早く帰ろうよー」

って思いながらも

この公園に立つと

過去も未来も

ザザザーって

満ちてきて

なんて豊かなんだろうって

感動して涙が出てくる。


結局子供が納得するまでここにいてしまう。

たくさん感じられたことに感動してしまう。

代名詞。

テーマ:日々


日々の中で

自分にあてはまる代名詞がたくさんあって

時々それについて立ち止まる。


結婚すれば妻。

そして嫁。

子供ができれば母。




よくあるのは

嫁として何をしようか。

なんて当たり前に考えている自分。

お正月とか特にそうだったな~。



結婚する前もあったな~。

「部下の哲学」

という本やビデオを会社で見た。

「上司の哲学」

もありました。



そこに当てはめている自分(笑)




代名詞という箱があって

そうでなきゃいけないという風に

自分の気持ちを持って行くっていうのは

それ以外の存在の仕方のアイデアがなくなったり

方法を思い出せなかったり

そういうひとつのひな形的な箱に当てはめる方が慣れてて楽だったり

見本的なものに向かって頑張ることが達成感だったり

自分に目を向けないための言い訳だったり

自分に目を向けない分外へ外への要求が強くなって

そうやって自分を守ろうとしたり

そこに意識を向けるだけで実際何もしてなくても

こんなに感じてるんだってことだけで行動してる感があったり

罪悪感とか特にそう。



子供として

生徒として

友達として



人とどう繋がっていけばいいのか。

人との繋がりに一体何を目指していたのか。

ひとりでいるのは好きだけど

孤独は嫌いだったり。

バランスが大切だって言われても

どこが水平なのかわからなかったり。





代名詞をつかって自分自身を切り離していた。

その向こう側に見えるもの。

それはおとぎばなしのように

遠い遠いどこかの国の物語ではないのだろう。

今ここにあるのに

見えてないだけなのだろう。

今どこにフォーカスしているのか

たったそれだけのこと。



今までフォーカスしなかったところにフォーカスすることは

魔法のように思えるかもしれない。

でもそれが誰にとっても

もっともっとナチュラルになっていくのだろう。




最近見たDVD
マンマミーアより
I have a dream


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