建家制作日記!初級編3
ボーダーカフェ閉店後、でした。
ふとした経緯から借りることになった空き店舗。
写真がないのがなんですが、その店は、玄関を開けると右側にテカテカのハイカウンター、レンガのアーチをした酒棚。床は青い花柄でビニールっぽい感じ。奥を見ると、ピンクのボックスシートにカラオケステージ。
そう、ザ ローカル スナック!
床柱のような飾り柱も室内に3本立ってました。
ジョニーとミーティング。そう前回登場したジョニーと2人で金を出し合った。たしか36万円…
友人ナベちゃん達も巻き込みながら、まず、名前が決定。「cafe-beach」
湖の前だし、ビーチクルーザーを作ろうと思っていたし、わかりやすいし、ジョニーもいいんじゃないっすかってことで、決定 。
あとは作るだけ。
ひたすら解体現場等で資材を拾ってきては作る。 そして塗る。
数ヶ月でできました。

ただ青くて白い店。

関係ないけどその頃のマイカー。懐かしかったんで載せてみました。

車の前の白い建物は倉庫。独立した大きな建物を基礎から作ったのはこれが最初だったのかなぁ。

倉庫と建物の間に入り口がある。

ほんとにただ白い

カウンターはグレーの革風に変更。カウンターにいるのは僕ではありません。ジョニーでもありません。女の子はこの後、ジョニーとつき合いだし、去年結婚となったチー◯◯です。
床だけは良い素材を使いました。平米15000円の高級品を使用。当然予算オーバーなんで、友達のお父さんに泣いてもらいました。全部で5万円。いい人でした。三郎さん。段差も付けて、ハイカウンターがローカウンターに。写真のステンレスのテーブル、今は僕のデスクになってます。ちゃんと作ると長持ちします。
ソファーはゆずってもらったアメリカのビジネスソファー。運送時、佐川急便がソファーの足を折ってしまうトラブル発生。ちゃんとした補修には生地を張り替える必要があるらしく、これで我慢してくださいと、数十万の保険金入手。まじ! 3人掛けは定価40万くらいするらしい。びっくり!とりあえず、セルフ修理で、増資に成功。

窓の上の方の丸みが気に入らなかったけど、我慢。

すかっと爽やかかフェビーチでした。手伝ってくれた皆さん、今更ですがありがとう。
この5年後、店名も「moimoi」に変えてガラッと改装。定員も全部女の子になって、現在も営業中です。僕自身はパンを焼く子が入ったんで、名前をオカパンにしようと思ったんだけど、全員に反対され、モイモイに。
あの白い倉庫はアジア雑貨屋に。

こうやってみると、変わったね。
モイモイ改装は番外編で載せておきます。
次回、建家制作日記は
友人宅地下基地&露天風呂、和風カフェ無縫庵などの
中級編です。
伝えるべきこと。
友人のブログを見てて、とりあえず一人でも多くの人に見てもらえることが大事なんではないかとおもい、添付してみました。
以下「NLFarm自然の時間」より…
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さて、先日ニュースを見ていたら知人が出ていました。
彼の名前は「松井一哲」。
地域在住外国人との交流を通したまちづくりを目的に、
「GGA:ご近所の外国人とアミーゴになろう!の会」の設立者。
12年間同会代表として花見、国際交流の合宿、語学講座、
外国料理交流会等のイベントを行っています。
彼との出会いはそんな国際交流イベントでした。
彼がメディアを通じて訴えていたのはこの不況の波に
巻き込まれた滞日ブラジル人たちの悲痛な現状です。
土地柄か私も滞日ブラジル人の友達はたくさんいます。
その彼と私の共通のブラジル人家族にも影響が及び別れを余儀なくされました。
原因は「明日から来なくていい」といういきなりの解雇通告。
楽しいはずのクリスマス目前の出来事。
娘2人と今年産まれるお腹の中の赤ちゃんを抱えた彼らは今年1月、日本を離れました。
日本と日本人、そしてエヌエルファームが大好きだった私の大切な友人です。
その時から「僕にできること」を考えてはいましたが何をどうやって行動するか・・・?
悩んでいただけ。
でも松井さんは違いました。彼は行政よりも誰よりもいち早く動き出していました。
ニュースを見て、早速彼と連絡を取りました。
「僕に出来る最初の一歩」として
今回、エヌエルファームのブログを見ていただいている
皆さんにこの活動の紹介、知っていただくこと。
彼らに賛同し、エヌエルファームの受付に募金箱を設置すること。
募金活動で問題を解決することではありませんが、
今生活に困っている人を救うことはできます。
とりあえず、5万円があれば1世帯を
約1か月間養うことが
できます。そこで、
3月末までに20世帯分で
合計100万円を目標に!
というのが彼らの目標です。
現在のブラジル人の失業率は50%、3月までに80%になるともいわれています。
食べる物がない、学校に行けない、住む家がない、まるでアフリカかどこかの話のようですが、
日本の、しかも浜松の話なのです。もうこれは震災か戦争です。
「平和」なはずの我が家の隣近所の人が餓えているかもしれません。
不況の波は滞日ブラジル人に限った話ではありませんが、
身近にいる困っている人たちにできることはきっとあるはずです。
まずは「知る」ことから。彼らの活動、現状を覗いてみませんか?
<ブログ>http://soshamamatsu.hamazo.tv/
<募金振込先> ゆうちょ銀行 00880-3-158415 浜松ブラジル人緊急会議
(他行からは 089-当座-0158415)
小さな小さな一歩ですが始めます。
ご協力頂ければ幸いです。
yoshi
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地域地域で違う問題がいっぱいあるんでしょうね。
自分のちょっとした贅沢のかけらを誰かの生活の一部に変えてみるのもいいんではないでしょうか?
万年筆大人買い!◯◯◯ペン発見!
まとめて6本買っちゃいました。

本屋さんで一本定価210円。安い!間違いなくパイロット製の万年筆です。
試し書きもあったので書いてみると、すらっといい感じ。しかも6色もある。

こんな時代が来るとは…
見た目の女子高生とかが使うみたいな感じと、万年筆って組み合わせは売れてるんでしょうか。
蛍光ペンやキラキラしてるマジックのコーナーに同じように並んでいたので、ターゲットは多分若い女の子。
もう、だいぶ前から売ってるみたいですが、 どう考えても手紙は万年筆よねぇって若い女の子が思っているわけでもないだろうし。
というわけで、
絵をかいてみたんですが、どう考えても、普通のサインペンやボールペンの方が書きやすい。
色を付けようと思ったけど、先っぽに良くなさそうだったんでやめましした。
まぁ、深くは考えずに、万年筆ライフをおくってみます。
その棚には、ボールペンのような色鉛筆もあった。

キャップの先に着いてる同色のゴムみたいなので消せる。
使ってみると、まぁ、ただの。消せるボールペン。指でこすっても、消えないんで、そこは優秀。
だけど、どうして買ったかというと、注意書きにこんなフレーズが

60°c以上で消える?
ということで、一緒に購入!24色あったんですが、さすがに6本にしました。
家に帰って、早速キャップで書いた線をこすると消えた。
これは、本屋さんで実験済み。
ホントにしたかったのは、火であぶる


消えた!
パイロットのホームページを見てみると、そういう特殊なインクで−20℃〜65℃で変化しないらしい。このインクはよくあるカップの絵がコーヒーを入れると消えるのと同じインクらしい。
キャップのゴムでこすると摩擦熱で消える。
ということは冷やせば出てくる?−20℃以下?
とりあえず5分冷凍庫に入れてみた。

復活!
またあぶると… 消えた。
これはあれでしょう!スパイ手帳にはいっていたヤツ。
同じシリーズのマーカーペンの方が書いた線跡が残らないので、より本格であるといえる。

おやすみなさい。フェルプス君。
ポラロイド
昨日、待ち時間に売店で暇つぶしの本を見ていて、こんな本があった。

お〜懐かしいと思い購入。
30分の待ち時間が、ここで一気に楽しい時間に変身!
なぜポラロイドが出来たかから始まって、いろんなエピソード、撮影方法、出来上がった写真のアレンジ、ポラロイド図鑑、構造の説明まで
当たり前だけど、読んじゃったからには欲しくなるのが、 雄のサガ。
だけど、こういう理由で買った物の9割はオブジェになっていく。
しかも、物がものだけに、お金だすのもなんだし…
ということで、きっと家にいらないのがある方もいらっしゃるでしょうから、心の片隅に、欲しい人がいたなぁって覚えていてください。できれば折り畳めるやつ。
長所は短所という言葉のとおり、ポラロイドカメラは色合いがなんだか変なのが、味だったり。何枚もプリントできないのが、自分だけのものだったり。まばたきした瞬間をインスタントな世界観で、すぐに送り出してくれる。
しかも正方形の写真で白枠付き。
すぐ見れるって、今はあたりまえだけど、全てアナログで、しかも、機械仕掛け。ゴロゴロ出して、振って温っためる。
小学生くらいまでの子供達はデジカメより、楽しいって思うかもね。
最近、友人とよく話すのが、デジカメのデーターの膨大さ。
ハードディスクにどんどん溜まっていく。たいして見ないのに。
一枚だけの思い出が、色あせていったり、引っ越しで出てきたり。
そんな残し方もいいのかなぁって思う今日この頃でした。
人間はおもしろい動物なのだ。
建家制作日記!初級編2
ボーダーカフェ。
2件目に作ったカフェ。このときは某バイクデザイナーの趣味のお店でした。
すごく広い店で、家賃も高くって、彼の本業の海外駐在もあって、1年でやめちゃったんですが、ビリヤードがあって、ひまでも楽しい店でした。
お客さん誰でも良いから入れようっていう僕の考えと、スタイルを重視する彼の考えがぶつかった店だったけど、後になって、自分のスタイルをちゃんとつくっていく方がカフェやバーでは大事なんだと気付いたのは彼のおかげだったような気がします。
でもそんときはわかんなかったなぁ。懐かしい。
この店から、浜松飲食店つながりが急速に発達!そういう意味で節目だったんでしょうね。
そして、この店こそ、良いお客さんしか来なかった。
参考
今でも新しい店をつくると、みんなきてくれます。ありがとう。
この店で今後のキーマンとなるアホな若造ジョニーが現れました。
参考
3件目のカフェビーチに深く関わってくる男!
当時ジョニーはサーファーで、シャコタンのキャラバンに乗って、ピンクのカーステから当時でも今どき?っていうユーロビートを大音響で鳴らす。
シフトレバーはクリスタルの造花入り。
5、6台の信号待ちで、「おれ、渋滞するとイライラするんスよ」とか訳の分からない言葉を発し、酒飲んで3ポ歩けば転けて捻挫する。
そんな奴が、タダでいいんで働きたいんですけどって言ってきた。
タダでいいなんかいういい加減な奴はいらないって言ったのが、初めて仕事の話をした会話だった。
そんな奴が、10年後、自分にとって、もっとも信頼できる奴になるんだから、不思議なもんです。
ジョニーの話はこの辺で。
本題のボーダーカフェですが、グレーに塗り直した店内にチーク材とステンのテーブルとカウンター、赤いラインで店を区切った、そんな内装でした。
ドカとか置いてて、男っぽいけど、女の子受けも良い。
店の写真ないんだよね〜。デジカメとかまだ持ってなかったし。
初めて買ったのが150万画素とかかな?直接パソコンのカードスロットにさすヤツ。

そのころパソコンも初期のPowerBookG3だったかな? 233MHz?

高かったなぁ。
お店のマークはこんな感じでした。
ぜんぜんわかんないね。
店舗デザインやロゴなどこの時は当然デザイナーまかせ。切った貼った塗った担当の世界でした。
3件目からは写真があります。
長くなったんで、カフェビーチは次回に!
その後は、ヒルマンS邸。ここからは工事前の写真も有。
建家制作日記!初級編1
今から十年ほど前、浜名湖沿いにカフェ&バーを作った。

作ったというよりも改装なんですが、自己改装3件目の物件です。
一件目の" BEER'S BAR "、2件目の" BORDER CAFE "は写真が存在しなかったんで話だけ。
ビアーズバーはカウンター5席テーブル1個の狭〜い店でした。 手元にあったお金が50万。建物借りて敷金礼金1回目の家賃合計で35万でのこり15万。
その頃出会った建築家 カルロス氏。彼がただの整備士だったぼくを変身させてくれました。
参考
ぼくのアカデミックなところの70%はカルロス氏に開花させてもらったといえます。
振り返れば人生の師匠でした。
8万円で外材とペンキを買って、 壁床全面張り替え、家具も手作り。夜営業のバーだったせいもあって、ライティングで割とモダンな感じに変身!オーディオや絵、小物はカルロス氏からの借り物だったんですが、JBLのスピーカーがいい音を出していて、女の子がいっぱいきてくれていました。
これも参考
残りの7万円で調理器具や食材、お酒を買って、店をあけたら、釣り銭を用意するのを忘れてて、びっくり。
なにせ、飲食業初めてだったんで、今考えたら無茶苦茶でした。
当時20代後半?くらい?うるおぼえ…。ここから、人生が楽しくなったというか、狂い始めたというか。そういう時期でした。
次回、建家制作日記で、2件目ボーダーカフェ話と懐かしい人には懐かしい3件目 カフェビーチ の初期の頃の写真を公開します。
アジトの諸君、お楽しみに!
建家制作日記!現在編
ただいまベランダ制作中!

今まで、いろんな建物をつくってきた。
自分のお店や、友達の家とか…
住むために造っているのは今回が初めて。
部屋は緑にしてみた。
デッキの床を何色にしようかと考え中なのだ!

このまえ造ったのは、超和風店舗。
「GS無縫庵」聞いたことありますか? God Save the Muhouan !
テーマ曲はこれでした 音に注意
過去の作品も記録のために、これから載せていきます。
お楽しみに!なのだ。
本棚における偶発的現象。
山積みの本を棚に入れてみた。

エレクターの偽物に詰め込んでみたら、重すぎてたわむたわむ!
ちょっと入れすぎた。
写真とかも整理をはじめると、見ちゃってなかなか進まない。
ましてや本なんて進まない進まない!

ぜんぜん見ないのに、最後はどうするんだろう。
分野分けとか、10冊目くらいであきらめた。
並んだ本を見ていると、何の偶然か、21世紀少年の横に岡本太郎の本が並んでた。
僕は万博に行った記憶がある。
覚えているのは、行きのフェリーでお風呂のお湯がライオンの口から出ていたのと、泊まった宿の階段の下に記念メダルの打刻機があったのと、 宿の前にでかくて綺麗な噴水があったのと、気持ち悪い風景。

そう、折り込みのこの風景。「生命の樹」

幼稚園にも行ってないころだったから、それだけしか覚えてないけど、岡本太郎先生の爆発は幼い子供の夢の中にまで出ていました。
追いかけられて、赤い壁づたいの階段を、みんなでぐるぐる逃げる夢。
高速を走ってて、富士山と太陽の塔が見えた時に、いつも地味に興奮しているのだった。
彼の芸術はいまだ、僕のメモリーの一部を占拠し続けているようだ!
ちなみに、名字が同じ自分は、「どういう字ですか?」って聞かれた時、岡本太郎の岡本です。って言い続けている。
まぁ、それ以外思いつかないだけなのだが…なのだ。
GR Digital Ⅱ
ほろ苦いチョコレートの話
チョコレートは甘くておいしい。
でも、砂糖と違うのは、カカオ。
カカオだけ食べると苦い。苦いカカオに甘さが加わると深みのある甘さのチョコレートになる。
甘いだけではない隠れた苦みがあるのがチョコレートなのだ!
隠れた苦みはそれだけではなくってカカオ生産の現場にもある。
西アフリカはカカオの生産地。
コートジボワール共和国では、カカオの生産に13万人の子供が従事。そのうち1万2千人が奴隷として働かせられてる可能性があり、また6歳から17歳の子供の3分の1は一度も学校に行ったことがないらしい。
作業環境も悪くって、半袖半ズボンでの農薬散布、ナタやカマを使った危険な作業に子供達も加わっている。
2001年に議定書による抑止が始まったが今だ変わらない様子。
自分もさっき記事を見るまで知らなかったんだから、結構知らない人多いんではないでしょうか?
業界や産出国、消費国、どこも真剣には取り組んでないんでしょうね。いろいろ困るしね。きっと…
アフリカはヨーロッパの植民地だった。ある意味、今だに解放されていないのかもしれない。

現にアフリカじゃないけど、フランスはタヒチで核実験とかしてるし…
コートジボワール政府自体、内戦とか貧困とか問題多すぎるから、そんなことどうでもいいんだろうね。
パレスチナとかもそうだったけど、人間の命の価値観が世界でずいぶん違うなぁって改めて思いました。
こんなこと、びっくりするくらいいっぱい世の中にはあるんだろうし、その上に乗っかって社会生活しちゃってるから、具体的にはどうしようもないんだろうけど、
良いことも悪いことも、多くの情報を知ることが大事だし、自分が関わるときに間違った判断をしないようにして、身近なことからやってくしかないんだろうね。
世界がどんどんつながっていって、見えることや出来ることがいっぱいある分、見えないことや出来ないこともいっぱいでてくるんだろうから…

子供達の笑顔は純粋でかわいい、世界中どこでもこれだけは同じなのだ。



