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播種遅い!

テーマ:業務日誌

今日の作業は

スイートコーン播種・・その2。

実はこの圃場では盆の出荷を目論んでいたんですが、

遅い。

約3か月後の収穫なので、

盆に収穫するためには遅くとも

5月15日頃には播種をしなければ間に合いまへん。

1週間の遅れでんがな。

 

さて、

自営農家は当然の事ながら自分で計画を立てます。

んが!

それを実行するか否かは自分自身で、

その結果も当然自己責任。

これが良くて農家に転身したんで、

結果は結果として、

(実は播種が面倒なので後回しにしていた)

しっかり巻き返しますぜ、

乞うご期待・・・って、

誰も期待してないか。

福島からの通信-②

テーマ:その他
今日の福島県郡山市は天気が悪く雨模様でした。

でもセンター(JDF被災地障がい者支援センターふくしま)の中は結構、お客さんがあります。障害のある方、フラッと立ち寄られる方・・・、今日は情報を求めて新聞記者の方、他府県からの研究員・・・。

センターの中はサロンのように丸いテーブルと時には全国からのお土産までテーブルにのって・・・

だれでも入っていただけるような雰囲気です。

そして青い水のタンク・・・・・の存在。郡山は内陸の中通りといいながら放射能が高い場所です。水道からの水も長い目で見たら安心かどうか・・・・

炭がタンクの中に入っています。一度、水をこの中に入れて、一日おいてから飲み水に使っています。

昨日はセンターの職員と共に施設訪問でした。その道中、「このあたりの田んぼは作ってはいるけど売れるかどうか?複雑だよね・・・・。」土手や、至る所の雑草が刈られずに、草ぼうぼう!!

「本当なら、草刈、草取りをするんだけど、勝手に手を出したらいけないことになっているの。行政がやることになっているけど、いつになったら順番がまわってくるのか・・・。きれいに刈ってあったら私の大好きないぬふぐりの可愛い花がいっぱい見えるんだけど、こんなだから、だめなんだよね。」

何気ない風景があの原発事故から変わってしまった現実。

一時は街を歩く人数がほんとに少なかった・・マスクもして

でも、ここで生きるのに、不安もあるけど、悩んでもいられないから。

2日前に須賀川市にある施設訪問したとき施設長さんの話「原発・・・、戦時中に子どもたちを疎開させた過去があるんだから国は福島の子どもたちをみんな疎開させるぐらいのことをしたらいいんだよ。そしたら、大人も安心して働けるのに・・・。うちの子どもには、お前たちはお父さんの子だから、お父さんの仕事はどこにも行けないからここにいるんだよ・・と言っているけどね。」

と複雑な心境をポロリ

そして

「悩まないほうがいい!!震災から・・・内面的にかわったよ。物事を明日に持ちこさないようにしようと思うようになった。仕事人間ではなくメリハリをつけるようになってきたね」  ・・・・とも

飾らず語ってくださった施設長さんのところの施設は、障害のある人たちは家から毎日通い働いています。すてきなな木工品や彼岸花づくりをしていました。

笑顔がすてきでした。

 

彼岸花です。年間を通じて作り置きをしていくのだそうです。4万本売るそうです。

この中通り地方では寒い冬に花がないのでカラフルな造花を飾るのだそうです。

鳥取にも、京都にも、岐阜にありませんでしたねえ・・・というと、「えっ  ないんですか? どこでもあると思ってました・・」

  

木工品はかわいいカスタネットやキーホルダーから大きな収納庫まで・・・すごいです。思わず、私のご褒美に大好きな木工品を買っちゃいました。

すてきな動物の箸置きと銘々皿・・・帰ったら楽しくつかいます。

芽かき

テーマ:業務日誌

  

ジャガイモに花芽が出てきました。

イモを植えてから放ったらかしで、

まだ芽かきが出来てないので、

遅ればせながら大急ぎで作業。

2本残してせっせと抜くと、

けっこうイモが育っていて

何かもったいない・・・なんて事を言ってられん。

店頭で競争に勝ち抜く

立派なジャガイモを育てるため、

せっせと芽かきに精出しました。

腰、痛いわ。

ネキリムシだ!

テーマ:業務日誌

スイートコーンの苗が順調・・・

かと思えば、

所々に根元からチョン切られた苗が。

やられた。

ネキリムシですわ。

切られた苗の根元を指で掘ってみると、

いました。

土と同色、濃い灰色のムシ、カブラヤガの幼虫、

こいつが犯人です。

この野郎ー、即刻捕殺。

福島からの通信-①

テーマ:その他

郡山市(福島県)へ災害支援に行っているカミさんに

現地からの『通信』を頼んだところ・・・

来ました。

通信第一号です。

 

福島からもしもし通信 <その1> 

福島県郡山市の『JDF被災地障害者支援センター』に入って2日で鳥取へトンボ帰り…そして、お母さんとお別れをして、また福島に来ています。

太平洋と面する海岸線地方を浜通り、少し内陸部を中通りというそうです。ここ、郡山市は新幹線も通る中通りですが、支援センターすぐ近くの市役所は、耐震化されていなかった建物の窓はガラスが割れ窓に板が張り付けられたままです。プレハブなど分散して機能しているようです。

 支援の応援にきた私はボランティアとして1ヶ月入るつもりできました… が、なんと1ヶ月間の(短期雇用)職員として迎えられびっくり!?

 この支援センターが南相馬の障害者の状況調査や施設支援を地道に一年間取り組んできたことが福島県に認められ、県の福祉・介護職員マッチング事業という助成金につながったためです。本当に地道に…。南相馬の施設には全国の障害者施設から一週間単位で職員が支援に入り続け、今週も五名が入っています。

 今日は震災で井戸が機能しなくなり困っている施設に聞き取りに行って来ました。「いつまでも隣家のご厚意で井戸水を使っているわけにもいかない」と自前の井戸を掘るお金の見通しをつけたい旨の話を聞いてきました…。やはり、原発がらみの大変さも…いっぱい!!

ちょっとは役にたてるようがんばります。

センターの人たち。明るく、元気でたよりがいのある人ばかりです。

 

 

びっくり!私専用の机、パソコン、携帯が準備されていました。この分、がんばらなくては…!

・・・・・・・ 

今日はここまで。
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プロフィール

農天気

08.10.大山町に引越ししてきました。09年農家デビュー、隣近所の農家にムリヤリ指導をお願いしながら奮闘中です。

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