今すぐ好感度を買え!時期がいい!
今年も残すところあと2ヶ月ちょっとになりました。
例年ならばメーカー各社から冬商戦をにらんだ新製品が発表される時期ですが、タイの洪水の影響で発売が延期されるものも出ています。せっかくガジェット好きの皆さんが緩めかけていた財布のヒモはどうしたらいいのでしょう?
今回は、そんな、新商品を買うアテが外れた皆さんにオススメのお買い物を紹介します。
今、財布のヒモを緩めて買うべきもの、それはズバリ好感度。
では、なぜ今「好感度」を買うべきなのか?以下にその3つの理由を説明します。
理由その1:魅力的な新商品が出てきたから。
今まで日本で買われていた好感度というと陰徳(いんとく)というものが圧倒的なシェアを誇っていました。これは「いいことは隠れてやろうぜ」という、隠れたお洒落的な設計思想でデザインされていて、確かに格好は良かったものの、せっかくお金を払ったのに気づいてもらえないのはつまらないという人も多かったのです。
しかし、この春の大震災以降、少しずつですが新しい形で好感度が買われるようになりました。そう、陰徳とは逆の設計思想から生まれた陽徳(ようとく)です。
代表的な例をマンガで紹介します。
(陽徳の例)
そう、陽徳方式での好感度を買うことはつまり「公言しながら寄付すること」。
この例では好感度を100億円分買っただけあって、ものすごい効果が出てますよね!?
しかし、驚くのはまだ早い!次の理由に移ります。
理由その2: 好感度を買えば、誰でも効果が出る。
自己投資では、どんなにいいセミナーを受けようがいい教材を買おうが、成果を出せるかどうかは自分次第です。しかし、好感度を買えば、どんなにダメな人間でもパラメータを上げることができます。
いえ、むしろダメな人ほど、顕著に効果がでるのです。
(例:ダメな人ほど、好感度を上げた時の効果が高い)

どうです?それまでのイメージが悪い人ほど、好感度を上げた時の効果が大きいでしょう?
これを応用すれば、次のようなことも可能です。
(例:応用編)

例では寄付ではありませんが、崖っぷちからの一発逆転も夢じゃないことが分かるかと思います。
まぁ、土砂降りの中で捨て猫を探すのもめんどくさいので、やっぱりてっとり早く金で買うことをオススメしますけどね。
さて、最後の理由です。
理由その3:今ならキャッシュバックキャンペーン中
好感度の購入先によっては断然、年内の購入がお得です。年内に地方自治体から好感度を買った場合、3月の確定申告で大幅なキャッシュバックが受けられます。実際は一年中いつ好感度を買ってもキャッシュバックはあるのですが、1~12月までの寄付額が3月の確定申告で返ってくるので、これから年末に掛けてならタイムラグが少なく済みます。
詳しくはこちら→ ※被災自治体をふるさと納税で支援しよう!(外部リンク)
寄付先は違うけどふるさと納税が分かる→ ※ばんえいふるさと納税(外部リンク)
まとめ:合言葉は「好感度買ったなう。」
うっかりブログが炎上しちゃったり、二股がバレちゃったり、日常生活のちょっとしたことでも、あなたの好感度はどんどん下がっていきます。
だけど、そんなときは落ち着いて、写真を添えて誇らしげにこうつぶやきましょう。
好感度買ったなう。
※お小遣いの範囲で日常的にやればいいと思う。
※キャッシュバックキャンペーンの対象外だけど、孤児支援金だと、優しさをアピールしやすいし、タイ洪水向けだと国際派をアピールできたりするよ。
※「寄付なう」とかだと売名だとか言われるから、最初からストレートに「好感度買ったなう」っていった方がいいよ。
私的メモ。
ミギワンの有料マンガ、少しずつ本数も増えてきて週3更新も決まったみたい。
そうすると、だいたい月に15本程度の4コマで¥1,000だから商業マンガと比べると明らかに高いんだけど、同人マンガはよく知らないのでそんなものなのかも知れないし、イラスト集的な美しさという点で、プリントアウトでもして手元に残すのなら案外アリなのかも知れないとも思ってみたりした。
でも、今回はそんなことじゃなくて、あの有料マンガを読んで感じた個人的な印象なんだけど、ミギワンはすごく「溜めて」たんだなぁことを書く。
あの話は私小説なんだかフィクションなんだかその中間なんだか分からないけど、とにかく今まで軽く手を出したりはしてなかったとっておきの話という雰囲気を感じさせるもので、今回そのとっておきに手を出す動機づけになったのが「有料で売ることの責任感」なんだと言われたらそういうものなのかも知れない。
とっておきの作品はなるべく多くの人に見てもらえる形で勝負して欲しかったなぁ、とも思う。
でも、これが僕がサラリーマンだから思うのかな。
クリエーターが何に価値を感じるかは実際のところ分からないや。
えーと、本題に帰って、溜めてた話。
そもそもこんなことをつらつらと考えてみたのは下のリンクを読んで思い出したからで、 正直締め切りに追われちゃって、昨日仕入れてきたネタを今日書くみたいな自転車操業で書いた浅いネタだったらやだなぁと思ってたんだけど、そんなのは全部杞憂で、マンガ家になりたかった女の子がいろいろ悩んでた長い期間中も、しっかり溜めていたのだなと思ったのだった。
ソーシャル・ポジショ二ング・システム[SPS]のススメ
ときどき、社会的に迷子になっている人をみることがある。
これを流行りの言葉を使ってソーシャル迷子とでも呼ぶことにしようか。
さて、一般に迷子には、
(1)進む道が分からない
(2)方角さえ分からない
(3)自分がどこに居るのかさえ分からない
この3段階がある。しかし、自分の現在地さえ分かれば方角は突き止めやすいし、方角が分かれば道もだいたい決まってくる。
そこで、今回はソーシャル迷子にならないための第一歩、自分の居場所を間違えない方法を書いてみる。
まず、ソーシャル迷子じゃなくて普通の迷子になったときのことを考えよう。この場合、真っ先に現在地を確認することが重要だ。一昔前なら地名の入った標識や看板、大きな建物なんかを一生懸命探していたはずだ。
ところが、現在ではGPSという便利なものがある。カーナビにはもちろん携帯電話にもついているGPSユニットのおかげで、あっという間に高精度の現在地を知ることができる。
ここで少しGPSについて簡単に説明したい。
◆GPSってどんなもの?
GPSとはグローバル・ポジショニング・システムの略で、衛星を使って地球上の現在位置を測定するためのシステムのこと。
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どういう原理かというと、衛星から地上にむかって飛んでいる電波を受信機でキャッチさせ、発信からキャッチまでにかかった時間から距離を求めるというものだ。
発信する電波の中に衛星の位置情報だけじゃなく超高精度の時刻情報が含まれているので、発信された時刻と受信した時刻の差で距離が分かるのだ。
◆原理的には何箇所からの電波を受信できれば、自分の位置が分かる?
数学ができる人には当たり前の話になるけど、3つの異なる点からの距離が分かれば、自分の位置はピタリと1箇所に決めることができる。
(ただし、実際の運用においては誤差も無視できないから4箇所とか5箇所を使いながら校正してるらしい。)
この測定を3箇所から行えば位置が求められるというのが今回の話のポイントになるので、もう少しわかりやすく説明してみる。
■衛星が1ケの場合
一人の人間をイメージしてみよう。右肩の位置が衛星の位置だ。そして、腕を真っ直ぐに伸ばして肩から指先までの距離、これが衛星とGPS受信機の距離だとする。
さて、イメージの準備はできただろうか?それでは右腕をグルングルン回してみよう。縦だけではなく腕の角度を変えながらグルングルンと。そして回しながら指先の位置に注目しよう。
指先の位置は右肩を中心とした球の表面をどこでも通ることができるのが分かるだろう。受信機の位置はその表面のどこかということが分かるが、これではさっぱり役に立たない。
■衛星が2ケの場合
次に、2人の人間をイメージしてみよう。相手と隣に並んで手をつなぐ。今度はそれぞれがつないだ側の2つの肩が衛星の位置で、そこから握った手までが衛星とGPS受信機の距離だ。
さっそくつないだ手を回してみよう。グルングルンと回すと2人のつないだ腕の位置に垂直方向に円周を描くはずだ。
受信機の位置はその円周上どこかだ、1人のときよりも大分範囲が狭まってきた。しかし、これでもまだまだ範囲は広い。

■衛星が3ケの場合
最後に3人の人間でやってみよう。3人でビシッと手を握ると、肩の位置を動かしたり腕を曲げたりしない限り手を動かない。ガチっと1点で固まって、そこが受信機の位置になる。
これが、3点からの距離が決まれば位置が決まるということだ。

この話で大事なのは、1箇所や2箇所からの距離が分かっても自分の居場所は分からないということである。
これはソーシャル迷子にならないための教訓にもならないだろうか?
つまり、自分の居場所が分からなくなったときは、なるべく多くのいろんな視点から自分の環境を見てみればいいのではないか。グローバル・ポジショニング・システム[GPS]ならぬ、ソーシャル・ポジショニング・システム[SPS]である。
結局、ソーシャル迷子になってる人間は観測用の衛星を1つか2つしか持ってないことが多い。あるいはたくさん持っているように見えても、それが全部同じグループの衛星であれば、位置検出に必要な情報は足りていないことになる。
例えばこんな迷子の人たちは多そうだ。
■自分より立派に見える人ばかりと付き合って迷子
★主な弊害
・自分まで立派になったような気がする。
・逆に自分が立派じゃないことで酷く落ち込む。
・背伸びしてるのであちこちに無理がたたる。
・弱者の存在を忘れがちになる。
■自分と同じ層の人ばかりと付き合って迷子
★主な弊害
・馴れ合い、現状肯定になりがち。
・ダイナミックな変化はない。
■自分より下の層とばかり付き合って迷子
★主な弊害
・チヤホヤされて裸の王様になる。
・居心地がよかった場合、本来の居場所よりも下の場所に安住してしまう。
こういった迷子を避けるためにSPSを意識した現在地確認を怠らないことだ。
結論その1:自分に関する情報はなるべく沢山、多様な人たちから受け取ること。
結論その2:その情報がどんな立場の人から発信されたかを把握すること。
実際にSPSで測ったら、自分は不幸だと思ってたら違ったとか、逆に自分が才能に溢れていると思ったら褒めてくれているのは身内だけだったとか、老人に冷たい社会だなと思ったら若い人の方がキビシイ社会を生きていたとか、まぁいろんな勘違いが発見されるだろう。
また、たまに飛んできた衛星からの情報1本で深く凹んだり、あるいは勘違いして増長したりすることもなくなって迷子を未然に防ぐこともできるはずだ。
逆に、気に入らない情報をどんどんシャットアウトしていったり、気にいる情報だけを選んで集めるようなやり方は迷子になりやすいと言えるんじゃないかな。
ウエストのくびれなんてちっとも羨ましくない。
お腹がぽっこりしてた知人が、半年間のトレーニングの結果、割れた腹筋とくびれを手に入れたらしい。
へえ、そう、実は僕のお腹はぽっこりしている。だけど、ダイエットに成功した知人をちっとも羨ましいなんて思わない。くびれなんて欲しくない。
しかし、ここで単に「僕はくびれなんか要らない」と主張しても、それは「すっぱいブドウ」的な負け惜しみに受け取られるだろう。くびれが要らないという主観からの主張ではなく、客観的な事実を示す必要がある。
そこで、今回はウエストのくびれなんか要らないという合理的な説明を試みる。
・まずずんどう体型とくびれ体型をモデル化する
下図を見て欲しい。左は一般的なずんどう体型モデル、右はそこから頑張ってくびれを作ったモデルを表す。
僕はこのモデルを描いたときに、材料力学の授業で習った「応力集中」という言葉を思い浮かべてしまった。
応力集中とは、材料に切欠きや溝がある場合、他の部分よりも応力が大きくなる現象をいう。溝のように断面が急激に変化する部分には他の部分の3倍の応力が集中することもあるという。
どうだろう?くびれが不利な感じがしてこないだろうか? さっそく、このさまざまな応力について考えていこう。
(1)圧縮応力について考える
最初に圧縮応力について考えてみたい。これは文字通り材料を圧縮するときに働く力である。
ここではわかりやすくするために両方のモデルに垂直方向の圧縮が働く場合を考える。そんなケースがあるのかと思うかも知れないけど、吊り天井が下がってくるワナなんて定番中の定番なはずだ。
(参考画像:迫りくる吊り天井の例)
さて、さっそくこの吊り天井をずんどうさんとくびれくんに試してみよう。

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なんということだろう、ずんどうさんは少し縮んだ?という程度にも関わらず、くびれくんはウエストから折れてちぎれてしまった。ここで最初の結論。
(2)引っ張り応力について考える
次に圧縮と反対の力、引っ張り応力について考えてみたい。ここでは頭の方向からと足の方向からに引っ張る力が働く場合を考えよう。実際にそんなケースがあるのかと思うかも知れないけど、ならずものたちに捕まってしまったら、2頭の馬に身体を裂かれることも起こり得るはずだ。
(参考画像:4つ裂き処刑の例)
今回は簡易に2つ裂きの刑として、ずんどうさんとくびれくんに試してみよう。

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なんということだろう。やはり、このケースでもくびれくんの方が先に2つにちぎれてしまった。ここで2つ目の結論。



・まとめ
長々と書いたけど、くびれなんか作っちゃうと、様々な死のリスクが増えるということがわかってもらえたと思う。
こんだけデメリットがあるのに、くびれを作るメリットなんて異性からステキと思われることくらいだから、ちっとも羨ましくなんかないのだ。
(次回予告)
友人に巨乳の彼女ができてしまった。次回は「巨乳の彼女なんかちっとも羨ましくない」について考えてみたい、キーワードは応力集中だ。
バカでデブ
なんでこういう反応になるのかというと「自分は弱者なので何を言っても許されるはず」という考えがあるのかな。そうでも考えないと弱者アピールの意味が分かんない。
でも悩んじゃうんだけど「何を言っても許されると思って他人を揶揄し放題」という特権があるなら、それはもう弱者じゃないんじゃないか。
さらに謎なのは、弱者アピールをしながら僕を上から諭そうとしていることで、結局この人は自分が弱者であることが都合がいいというだけで内心はちっともそう思ってないんじゃないかとか。
別に揶揄するなと言ってる訳じゃなくて、揶揄された側が怒ってもいいじゃんというだけの話なんだけど、本当にそういう話なのかどうかは、僕はバカでデブだから分からない。
